1. 17日、午後7時オーバーライド到着!

    17日 成田を10時50分JAL451でチューリッヒに向かう。
    目的地ドイツ・オーバーライド。
    国際障害者ノルディックスキーワールドカップに8名の選手が出場する。
    今年はじめて、全てのW杯に参戦し、世界ランキング・トップを狙う!ファイナルは、
    ソルトレークシティ。

    機内は比較的すいていた。乗務員の方から、ブラインド選手の障害について質問された。
    「お一人でお食事はできますか?」「お手洗いへは誘導が必要ですか?」
    「小林稔さんは全盲ですが、最初だけ教えていただければ、大丈夫です。」
    「食事もひとりで大丈夫です・・・」
    ガイドの紀夫も、一緒にうなずいている。
    「小林深雪、加藤は弱視ですので・・」
    機内の生活について打ち合わせをした。
    チームの為に空席を確保してくれた。
    何回か海外遠征を経験しているが、ここまできめ細かいサービスを提供するために
    乗務員の方々に注意を払っていただいたのは初めてだ。
    本来サービスにないパソコンのバッテリーも貸していただいた。
    (さすがJAL!)
    16日までインカレだったLW6/8(片腕切断)クラスの新田は、さすがに疲れているのか、
    機内ではほとんど寝ていた。
    ID(知的障害)クラスの西村くんは、いつものように、お菓子をパクパク食べている。
    竹原コーチから「おーい、西村〜ぁ・・」の声が飛ぶ。
    日本チームのいつものフライトだ。

    約16時間、飛行機と車で移動し、フライブルクから10k国境より、
    黒い森地方の静かなホテルに到着。
    ホテルのまわりに何も無いのに驚く。
    遅い夕食と、大会スタッフと打合せをする。

    コースは、ここから1時間30分かかる、リフトを乗り継いで行くらしい。
    18日、12時に選手はコースを試走する。軽めの運動にし、時差を解消する。
    ワックス班は、スキー板のゼロテスト。
    今年はどんなドラマが生まれることか。
    パラリンピックノルディックチーム、いよいよ開幕戦!!
    (2001.1.18AM5:25 荒井)

    爆睡!新田
    爆睡!新田

  2. 雪不足、残念...!!
    18日、コースの試走とスキーゼロテスト、ワックステストを実施。

    12カ国70人エントリーしているドイツ大会ですが、
    雪不足のために会場が変更され、スキー場の上にあるコースで実施することになった。
    それも10cm!
    会場までのアクセスが極めて悪い!
    ホテルからスキー場まで30分。選手はリフトと徒歩で上がる。約30分。
    シット選手とブラインド選手だけはピステ(圧雪車)で往復する。
    大変な作業だ。

    フランスチームも到着した。
    この後のステージ・ミュンステールは、なんと雪が無いそうだ。

    地元のスキークラブの役員の方が、一生懸命準備をされている。
    ただただ感謝で一杯だ。
    どこでも、大会役員の努力がないと開催できない。
    当たり前と考えずに、選手とともに感謝したい・・・
    19日は、14:00からバイアスロンの公式射撃練習。
    久しぶりのシューティングだ。
    ワックスは一日かけて、選定する。夜遅くまで作業が続く!
    17:00キャプテンミーティング。
    18:45開会式で村を行進する。
    今日も長い一日が続く・・・
    (2001.1.19AM6:30 荒井)

    会場変更、圧雪車で移動
    会場変更、圧雪車で移動

  3. 現地時間12:30START!

    2001ワールドカップのオープニングゲームが日本時間で20:30スタートします。

    LW11のシットスキー久保田亮一(札幌)が18番目スタートの118番。
    LW11久保田とし子(札幌)、B2加藤弘(旭川)、B1小林稔(松本)と続く。
    B2小林深雪(長野)は143番で13:44.00スタート。
    LW6/8の伝田が150番、新田が153番。2人の間にトーマス(ドイツ)が151番。

    昨日の大荒れの天気の中、射撃のトレーニングがあった。
    銃の反動で、久保田とし子が眉間を切るアクシデント。
    あごと肩でしっかりブロックしないと、銃の反動が強い。
    眉間にテーピングをし出血を止め、シューティングを再開した。

    亮一、伝田、新田、銃の相性を比べるために、次々と射場に入りシューティングする。
    満射(5発中5発命中)を繰り返す亮一、伝田。
    各国の選手たちも射場で黙々と射撃練習を繰り返す。
    空は大荒れ。
    視覚障害クラスの射撃システムが上手くいかない。
    深雪も時間をかけても、探せない。
    小林ガイドからも「もう、そのゲートはあきらめろ!」
    めずらしく苛立ちの声がとぶ。
    深雪は5発空打ちし、周回コースに流れていく。
    すべてのゲートで銃を試すが、的を探すことが難しい。
    加藤、稔も苦戦している。

    とし子さんの傷も大きくなく、きょうのレースには支障がない。
    この1年間、トレーニングしてきたことがいよいよ試される。
    コーチの激よりも、選手自身が自覚している。

    ミーティングで、射撃に気が集中してしまうが、もっとも大切なことは、走りで負けないことだ。
    射撃の出来で、左右されるな。
    自分の滑りをしようと確認した。

    恒例の儀式で、選手のビブ(ゼッケン)を渡した。
    いよいよスタートだ。

    (2001.1.20AM7:00 荒井)

    雨の中のパレード、村の熱烈歓迎!
    雨の中のパレード、村の熱烈歓迎!

  4. 久保田とし子3位表彰台!

    1.20(土)曇り 12時30分

    ドイツ・オーバーライドで開催された障害者ノルディックスキーワールドカップ
    1日目、バイアスロン競技で、日本の久保田とし子(札幌市)が3位に入った。
    1位 WHYTE,Shauna Maria (CAN) 33:53.2
    2位 AGETLE,Dorothea (ITA) 38:26.0
    3位 久保田とし子 (日本) 41:57.0

    2.5kmを滑り射撃5発、1発外すと1分のペナルティが加算される。
    競技は2.5kmを3週し、2回の射撃(計10発)でタイムを争う。

    久保田とし子は1周目、アゲドル・ドロテア(ITA)、ブールジュンジュ・カレット
    (CAN)と2位、3位を争い、射撃に入った。2.5km中間タイムでもダントツな
    シャウア マリア(CAN)は射撃5発中満射し2週目に、2回目射撃も満射。強い。
    ドロテア(ITA)も満射。久保田とし子は射撃5発中全部外し、5分のペナルティ。カ
    レット(CAN)も4発はずした。ドロテア、マリアとの争いと思われたが、ターゲッ
    トをカレットに変え3位を争う展開となった。
    最後まで、あきらめずに滑り、2回目の射撃5発中4発命中、1分のペナルティ。
    久保田とし子のねばりの強さを見せつける。
    昨年の世界選手権で2位の久保田とし子は、確実に3本の指に入る実力と強さをつけた。
    表彰台の久保田とし子の笑顔がいい。

    男子に出場した久保田亮一は、10発中2発命中しトータル42:09.3で19位だった。

    視覚障害のクラスでは、B1からB3のコンバインドで争われた。
    このレース、B1小林稔(松本市)が大健闘した。
    滑りで上位を争う展開となりB1チャンピオン ブレム・ウィルヘルム(GER)、
    B2チャンピオン フランク(GER)とデットヒートを繰りひろげた。
    しかし、射撃1回目3発命中、2回目1発命中で6分のペナルティがひびき、
    無念の6位。(5位まで入賞)
    射撃を5割に持っていけば、表彰台だっただけに悔しい1日となった。
    ガイドを務めた大平紀夫(青森県)は「まだ、速く滑れると思います。」と淡々と語る。
    そのそばで、めずらしく悔しがる小林稔。このままでは帰れないとの想いがつのる。

    あと3つのレースがある。がんばれ小林稔。

    この視覚障害クラスは、世界の強豪が多いハイレベルなクラスだが、
    いよいよ日本も仲間入りしてきた。
    その日本のパラリンピック金メダリスト小林深雪(長野県)、
    ガイド小林卓司(小樽市)も苦しいレースの中で、復調を予感させる健闘をみせた。
    射撃10発中3発はずし、惜しくも4位、B1が1位から3位まで独占、B2・3クラスでトップだったが、
    コンバインドではこの壁を破ることが必要だ。

    北海道の加藤弘(旭川市)、ガイド荒井幸治(深川市)は、
    射撃が振るわず10発中9発はずし、12位だった。

    LW6/8クラスの伝田寛(長野市)7位、新田佳弘(岡山県)9位だった。
    伝田は10発中満射で射撃の強さを世界に見せつけた。
    マイガンで戦う外国勢のなかで、日本は銃規制が厳しく、練習ができない。
    試合でもレンタル銃で、一発づつ弾こめが必要な旧タイプのライフルの中で伝田の技術は
    各国からも注目されている。トーマス(GER)も2発外す中で、満射はたったの3人、
    伝田のバイアスロンの賭ける強い意志が伝わってくる。
    スケーティングでも新田に勝ったレースだった。次のレースが楽しみだ。

    新田は10kmクラシカルにあわせ、メダルを狙う。
    ID(知的障害)クラスの西村潤一(石川県)は、初めての一斉スタートで争う
    マススタートで実施する。
    西村に期待がかかる。

    スケジュール
    4:00ワックス作業
    6:00朝食
    7:00出発
    11:00スタート
    14:00表彰式

    (2001.1.21AM6:00 荒井)

    久保とし子表彰式
    久保とし子表彰式

    久保田ゴール
    久保田ゴール

  5. 西村、苦しい優勝。10KMクラシカル

    こちら、AM2:40
    雪がなく、フランス移動できず。
    大会は予定とうり。
    西村、苦しい優勝。
    最後までスウェーデンの新人Leifと争う。
    クリスター製の盾が授与された。
    数時間後に詳細報告!!荒井


  6. 西村、うれしい優勝。稔、新田、激走!!

    ワールドカップ・ドイツ大会、最終日。
    シット男子10K。女子5K。
    立位男女10K。視覚障害10K。
    知的障害10Kが行われた。

    今回はハンティングスタートが採用された。
    障害クラスの%を基準タイムで予め計算し、スタート時間を決め、
    そのクラスの選手が一斉スタートする。
    つまり、障害の重い選手が先にスタートし、
    障害の軽い選手が追いかける。早くゴールした選手が1位である。

    IDクラスは西村潤一(石川県・宇野甘源堂)が出場。日本、スウェーデンのエントリーで
    4人のレースとなった。スウェーデンの国内大会で優勝している新人Leifとの争いと予想したが、
    序盤Leif、西村、Petterの順で3人デットヒートが繰りひろげた。
    最終3k地点で追い抜きトップにたつ。
    コース上に選手も応援に出てきてくれ、全員で西村を応援した。
    神風の日の丸鉢巻をして頑張る西村。
    なかなか、ピッチが上がらない・・・。
    みんなの応援励まされ、西村苦しい表情で我慢してトップを守り、ゴールした。
    全てを出し切り、倒れこむ西村。
    しばらく立てないでいる彼を初めて見た。

    見事、ワールドカップのクリスタートロフィーを手中に。
    表彰式、全ての選手、コーチ、大会役員に祝福される。
    西村に、やっと笑顔がうかんだ。
    エントリーが少ないレースだったが、IDクラスを採用していく動きから、
    今後多くの国がエントリーしてくるだろう。

    応援する石川県や北海道の皆さんにお礼を申し上げます。
    苦しい展開でしたが、西村がきっちりと決めてくれました。

    ホテルの夕食で、トロフィーを前に「勝ってよかった・・」と言いながら
    一人カップ麺に集中していた。おめでとう!ニシボン。

    AM11:00スタートのシットスキー。
    久保田亮一・とし子(札幌市)が出場。
    男子20名、女子4名のエントリー。
    今年は、アメリカ・ソルトレークでワールドカップがあるため、各国とも少人数のエントリーだ。
    世界ランキングを狙う上位選手のハイレベルの大会となった。

    LW11久保田亮一リアル39:34.2で17位。
    優勝はLW11でITAのRolandリアル31:13.1。
    イタリアが強い。トリノに向け強化してきている。
    フランス、スイス、オーストリアの常勝チームがやられた。
    日本の選手を多くエントリーさせたい。
    十分に勝てる可能性がある。

    久保田とし子、イタリアのDorotheaと同時スタート、22秒やられる。
    カナダのColetteは1分56秒先のスタート。
    追う久保田とし子。ゴール手前、あと一歩で悔しい4秒差の4位。

    激しいレースはブラインドクラス。
    男子B1は5人、B2は3分52秒後のスタートで6人。
    B3は4分28秒後の3人スタートの14人で争われた。
    小林稔(松本盲学校)は序盤から飛ばし、ドイツのB1ブレムを追う展開となった。
    ロシア以外に負けたことの無いブレム、意外にも日本の無名の選手に追われ焦りだす。
    ドイツのコーチ、オラフが激を飛ばす。
    地元の観客も、凄い声援を送る。
    ついに2k地点でとらえ、トップに立つ、名門日大スキー部OBのガイド大平紀夫
    (青森県)「ほら、稔さん、いくよー!」の声!
    B1を大きく離し、B2、B3の選手から逃げる。本当に逃げる。
    3.3kmのコース3周のレース。
    2周目、ドイツのB2フランクに抜かれる。
    苦しい表情の小林稔。頑張り2位をキープし、最後の周回に入る。
    残り1km3位、まだいける稔。
    5・6人のB2、B3が差を縮めてくる。
    10秒以内に3人がなだれ込んだが、悔しい7位に終わった。
    小林稔リアルタイム37:26.3で7位。
    同じ出場のB2の加藤弘リアル38:19.2の10位。

    小林深雪は4位。
    エントリーは7人。次のフランスにつなぐいいレースだった。

    LW立位の新田は、今までにない頑張りをみせ、5位入賞を果たす。
    ドイツのトーマスに1分近くの差をつけ、「クラシカルの新田」の印象を与えた。
    伝田は10位。

    ドイツ戦では、優勝1、3位1、入賞3であった。
    雪不足の影響でコースも変更され、運営は大変!
    この後、フランス移動だが、ここに水曜日までいる。
    リザルトは(現地時間AM8時)、スポーツ協会、埼玉リハの大久保先生にFAX予定。

    日本の皆さん、応援ありがとうございました。
    連日、日程のキャンセルや移動の手配、ホテルの予約など
    忙しい毎日で、報告が遅れてすみません。
    現地ボランティアの武田さん、武藤さんに感謝!
    (2001.1.22AM4:00 荒井)

    井上さん、やったよ〜
    井上さん、やったよ〜


  7. フランス大会雪不足のため中止!

    22日、フランスへ移動できず足止めされていた我々に、
    突然の大会中止の知らせが入った。

    雪不足のため開催不可能ということらしい。

    大会をオーストリアに変更。
    フランスのホテルなどをキャンセルし、オーストリアのホテル探し、
    600kの移動をバスですることを決め、バスさがしをした。
    フランスにいる今野先生(鷹栖養護学校)の知人で武田さんに大変なご苦労を頂いた。
    フライブルグ在住の日本人の方にもバスさがしをして頂いた。
    お陰で、大型バスをチャーターできた。
    23日朝8:00移動する。休憩を入れ、8時間の移動。
    イタリア国境近く、シリアンへ。
    26日、20k クラシカル
    27日、 5k フリー
    の予定です。
    それでは、あと5時間後に、フライブルグの街にサヨナラします。

    日本のみなさん、
    オーストリアでも熱い応援お願いします。
    (2001.1.23AM3:30 荒井)

  8. ワールドカップ第2戦オーストリア!

    フランスからオーストリアへ舞台を移しての第2戦は、
    現地時間26日11:00、20kmクラシカル競技
    27日9:30、5kmフリー競技が行われます。
    昨日は凄い雨!
    いかに今年は雪が少ないか・・・・。

    さあ、いよいよレースです。
    シットスキー女子5人エントリーイタリアのドルティナ、カナダのマリアとコレット、そして、
    日本の久保田とし子とノルウェーのミュクレブスト。
    世界のトップを争う彼女達が集まった。
    2.5kmのコースを4週!
    標高が高く、ザラメ雪!きょうの予報も「雨!」

    15kmシットスキー男子、久保田亮一は20人エントリーの20番目スタートの好位置!

    Bクラス男子13人エントリー。7.5kmを3週。
    もちろんB1〜B3のコンバインドで戦う。
    小林稔について、フランス、ドイツのコーチが聞いてきた。
    「稔は幾つだ?」がぜん注目されてきた!
    コースはきつく、難所ばかり、「全てのコースをホールディングゾーンにする」とTDから発表された!
    ホールディングゾーンとは、危険な個所を、B1(全盲)クラスだけガイドが選手の体に触れていい所を言う。
    下りもヘアピンの連続!
    1週間で準備したオーストリアの役員は大変だったろう。

    加藤弘は11番目スタート。

    女子Bクラスは5人エントリー。7.5kmを2周。
    ここも世界のトップを狙う、デンマークのアンネメッテ、フランスのエミール、ファビーネ。オーストリアの宿敵レナ‐タ!
    小林深雪がどこまでくい込めるか!
    女子にとっては、きついコースだ。

    LWスタンディングは、新田、伝田コンビ。
    15人でLW2〜9のコンバインドで戦う。
    ノルウェーのステンと新田を中心にした展開になるだろう。
    長距離レースで勝てば本物だ。

    ID(知的)クラスは、会場変更などの影響でエントリーがなく、西村一人のエントリーだった。もちろん種目は成立はしている。
    残念だが、他の選手とタイムを比べてのレース。
    しっかり滑るように指示する。

    ワックスの竹原コーチ、ガイド兼務の大平はわずかな睡眠で板の仕上げに奮闘している。
    選手にも伝え、気合いが入る!

    昨日、新田は髪を切る。竹原、幸治、卓のカリスマが事務用のはさみと電気髭剃りでカット!

    見事に仕上った!
    テーマは「アジアン」
    それを見ていた西村は、
    「竹原先生、僕いいです。絶対にいいです・・。僕は、床屋にいきます。」と逃げ回っていた・・・・。

    あと5時間後スタートする!!
    (2001.1.26AM6:00 荒井)

    カリスマカット「アジアン」
    カリスマカット「アジアン」

  9. 久保田とし子2位!全員激走!

    日本の皆さん!

    久保田とし子が2位に入る健闘を見せました。
    1 Myklebust  NOR 36:12.4
    2 久保田とし子 JPN 37:24.4
    3 Bourgonje  CAN 37:30.6
    久保田とし子談「前にイタリアのドルティナがいたので、差を詰めることが出来た。スキーは滑ったのでいけると思った。コーチやスタッフのお陰です。」
    ミクレブストは強い。カナダのコレットと最後まで争い2位を勝ち取った。
    準優勝のイタリア製のトロフィーが授与された。
    亮一さんと喜びを分かち合う。
    「おめでとう とし子さん」

    亮一さんも17位に入り、14ポイントを稼ぐ。

    Bクラスは小林稔6位入賞。
    トロフィーが授与された。
    加藤弘も36ポイント獲得。
    小林深雪は、アンネ・メッテと13秒差の悔しい4位。

    LWの伝田は、9位の29点。
    新田は悔し途中棄権。
    転倒し、左肩を強打。5km地点、涙の棄権。救急車で病院に運ばれる。
    じん帯損傷。

    IDクラスは西村が優勝。

    明日 いよいよファイナル!
    5kのショート。
    ワックスはまだ作業中!!

    (2001.1.26PM10:30 荒井)

    表彰式
    表彰式

  10. 日本チーム全員で戦いきる!

    オーストリア・カーティシュで開かれた「障害者ノルディックスキーワールドカップ第2戦」は、1月27日ショートレースで幕を閉じた。

    障害を座位、立位、視覚、知的の4カテゴリーに分け、
    障害の重さをタイム差にしてスタートさせていく「ハンティングスタート」を採用している。
    障害の重いクラスからスタートし、障害の軽い選手が後ろから追うレースです。
    ゴールに入った順が、そのまま順位になり、熾烈な白熱したレース展開になります。
    今回は3位表彰で、日本チームは健闘むなしく西村以外入賞することができなかった。

    シットスキー男子5k(20人エントリー)久保田亮一15位
    シットスキー女子2.5k(5人エントリー)久保田とし子5位
    LW立位男子5k(13人エントリー)伝田寛9位
    ブラインド男子5k(12人エントリー)小林稔6位 加藤弘8位
    ブラインド女子5k(5人エントリー)小林深雪5位
    IDクラス男子5k(1人エントリー)西村潤一1位

    久保田とし子に期待がかかりましたが、ダブルポールの1ストロークのパワーの差がそのままレースに出ています。長距離は得意とする久保田とし子ですが、
    2.5kの短距離になると、わずか秒差の外国勢の壁を破ることが出来ませんでした。
    3月ソルトレークシティであるワールドカップ最終戦に向け、
    もう一度トレーニングに励みたいと思います。
    久保田亮一は初日17位から15位に順位をあげ、
    初日5位入賞したスイスのウェーバーに8秒差で勝ちました。
    最後まであきらめずゴール前で抜き、レースポイントを獲得しています。

    小林稔はB1クラスの重いクラス、今回B2よりも、2分46秒前にスタート。
    このタイム差で5kを逃げなければなりません。
    ふだん、逃げるという練習はもちろんしていませんし、
    メンタル的にもトレーニングが必要です。
    最後の周回、5人のB2・B3に抜かれましたが、
    もう一度抜き返そうとする気迫が必要です。
    加藤弘は小林稔に1分追いつくことが出来ませんでした。

    小林深雪も同様で、B1選手に追いつくことが出来ませんでした。
    新田が欠場する中、伝田は得意のスケーティングで健闘しました。ほとんど秒差です。
    バイアスロンにつなぐレースでした。

    西村潤一はLWクラス100%でスタートしましたが、競技を理解していなく、
    LW選手を1人も抜くことはしませんでした。
    1人のエントリーでしたが、今後IPCでも正式種目として採用されていくでしょう。

    2月18日(日)妙高で、日本チームの合宿を行いますが、
    ハンティングスタートの記録会とトレーニングをしたいと思います。

    日本から98件の応援メールが届き、選手たちの励みとなりました。
    FAXも寄せられました。

    協会のみなさん、関係する皆さんの温かい応援で、選手達は全てのものを出し切り、
    今後につなぐ成果があったと思います。
    多くのみなさんの応援にあらためて感謝申し上げます。

    最後のインスブルックの夕食、選手たちはガイドに感謝の言葉がありました。
    ガイドがいなければ走れません。
    ワックスコーチの寝ずの作業に感謝の言葉もありました。
    選手達は、日に日に成長しているし、
    彼らならば、必ず世界のトップにたてるだろうと確信しています。

    オーストリア・インスブルックからバスで9時間、ドイツのフランクフルトからフライトです。

    3月7日からのアメリカ・ソルトレークシティ戦では、さらに上位を目指し、
    日本チームの活躍することをお誓い申し上げて報告とします。ありがとうございました。さようなら。
    (2001.1.28AM6:00 荒井)



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2001年ワールドカップ速報