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本部、控え室のあるログハウス。


圧雪車も大活躍。


景色最高。
天気もピーカンです。


打ち合わせ後、各々のポジションに向かいます。


選手の遠征費用を捻出するために、いろいろなグッズを供出していただいて、それを会場で売ることも大事な仕事の一つです。スタッフの女性が着ているのは、ユニクロさん特製(パラリンピックのロゴ入り)のパーカージャケット。
これ単体で結構な値段で売れるのですが、敢えて パラリンピック記念バッジか、パラレルクラブ特製のジャージーとセットで破格の価格設定とさせていただいたお陰で、販売10分程度でアッという間に完売。

荒井監督(写真左)。この人が日本の障害者XCSKIの「顔」です。
荒井さんの熱意と人徳が無かったら、マスコミも注目する日本の障害者XCSKIの今の実績は無かったと思います。


競技前にコースが開放され、各自コースや自身のフォームのチェックに余念がありません。


期待のかかる、過去に実績を出した選手の周りには、応援や鼓舞する関係者が集まってきます。
「昨日は集中力が続かなくて実力が発揮できなかったから、今日は悔いが残らないように頑張れっ」とか、結構厳しい叱咤があったり。写真の彼に限った事ではなく、選手とサポーターの距離は肉親より強いのではないかと思うほど近いので、言葉のやり取りだけ聞いてしまうと、最初はちょっとびっくりしてしまいますが、このCloseな関係が選手が短期間で驚くほど伸びた要因だということは、当事者同士では十分認識されています。
日本チームの強さの一端を垣間見る瞬間でもあります。






  • 2006年2月18日、19日、ボランティアスタッフとして、普段は主に協会のホームページの作成、更新で関わっている、日本障害者クロスカントリースキー協会がお手伝いしている、ジャパンパラリンピックに行き、裏方としてお手伝いをしてきました。

  • 今回は、その模様をレポートします。

  • 尚、デジカメは、写りが良く、手ぶれの心配も無く、手袋をしたままでも操作性が損なわれず、寒さにも結構強い、と購入以来良いことずくめで、今やXCSKIシーンには欠かせない存在となった、SybershotT9+スポーツパックの組み合わせで撮影に挑みました。



  • この大会は、既に閉幕したトリノの大会 出場選考も兼ねていましたが、何より、XCSKIに関しては、パラリンピックの選手というよりは、個人的に 、今の栄光を築きあげてきた過程の頃から知っているメンバーが殆どだったので、彼らの元気な顔を見たくて白馬に「夜討ち朝駆け」状態ではせ参じ、元気を貰う代わりに、何か、お手伝いできることがあれば何でもやろうという気持ちで協会の方にお願いしてお手伝いさせてもらいました。

  • アディダスの新田君、日立情報の小林さん、太田さん、、、それ以外にもパラリンピックメンバーとしておなじみのメンバーが一同に顔を揃えて、活き活きと走り、素晴らしいタイムで入賞しました。

  • 彼らの活動や概況を知るための情報は概ね以下に在りますので、興味があればクリックしてみてください。

  • 日本障害者クロスカントリースキー協会
  • 日立システム
  • 障害者クロスカントリースキー日本チーム
  • パラレルクラブ



  • 17日の夜中、、というか、18日の明け方に宿に着き、寝たと思ったら直ぐに起床、
    慌しく朝食を採って、即、白馬のスノーハープへ「輸送」され^^;)、とりあえずは、ゴール地点で団子状態でゴールした時に、入着順にゼッケンを無線で本部に報告する係りを仰せつかりました。

  • 注意点や諸々準備、テストを重ねて、失敗が無いように本番に備えます。

  • 選手は各々ICタグを靴に付けているのですが、団子状態でゴールすると、受信機の精度の関係で誤差が出るらしいのです。

  • MIZUHIは、ゴールを過ぎた脇に陣取り、無線で最終通過地点を過ぎた旨の連絡を受けると、おもむろにサングラスを外して、 相撲の「雲竜型」さながらに腰を落として、前方をグッと睨み、選手のゼッケンを判別する姿勢をとります。

  • 下肢の場合はシットスキーといって、ソリに上半身が乗った形でゴールしますので、前傾されるとほとんどゼッケン番号が見えなくなります。

  • ID、その他の障害のクラスでも、やはり前傾してゴールすることが多いため、地表から見上げるような視線で確認しないとゼッケン番号が読めません。

  • 現場では、そのポジション各々に解決すべき問題が提示されますが、解決方法は、協力するスタッフも自分で考えて答えを出さなければなりません。 「雲竜型」もMIZUHIが咄嗟に考え出した解決方法です。




    サングラスを外すと雪目になってしまいますが、
    そんなこと、言ってられません。





    無線で連絡を貰って、意識を遠方に向けていると、やがて選手が最後のカーブを曲がって見えてきます。






    そろそろ「雲竜型」の構えに入ります。








    で、更に腰を落とした状態でカメラのシャッターを押したのがこの写真。
    カメラは地面(雪面)スレスレです。
    ご覧のとおり、この仰角でもゼッケンが読めるかどうかというほど、選手の上体は前傾しています。







    おわっ。人数多すぎっ!しかも速度速っ!
    全員に正しく順位付けて報告できるかな?




  • 判定は、緊張を強いる難しい作業でしたが、それでも、新田君、伝田君、太田さん、小林さん出来島さんなど、昔から知っている選手は遠くからでもフォームに見覚えがあるので間違いません。ゴール直後に無線でゼッケンを伝えると前後して、「でんちゃん、ガンバっ」「ショウコちゃんお疲れっ」「ミユキチャン速かったね」「デッキーお疲れっ」などとニックネームで声をかけました。

  • 現地ではいろいろな人と再会できました。
    協会関係では、荒井監督、協会行事の大番頭、花澤さん、パラレルクラブのKon先生は本部の放送室で試合の実況中継をDJモードでやっていました。


    パラレルクラブのKon先生。
    試合が始まるとAyuとか、若者の好きそうな、ポジティブなビートの効いたMusicをバックに、DJばりにそのときに走っている選手の様子やプロフィールなどを実況中継していました。
    どこかで聞いたことのある声だと思ったら、やっぱりKon先生でした。
    こんなところに居たんですか!


  • 神奈川県連の方も、国体コースが変更になったとかで、コースの下見に来ていて、
    MIZUHIが声を張り上げて記念グッズを叩き売り(?)しているところに(よほど目立ったのでしょう)声をかけてきて、「こんなとこで何してるの?」

  • 白馬に来た目的は、協会の行事のお手伝いのほかにあと2つありました。

  • 一つは、この大会の少し前にXCSKI関係のホームページや関連記事のザッピングをやっていて見つけ、MIZUHIのホームページとの相互リンクをお願いした、白馬在住の「カナリパパ」さんとお会いして親交を深めること。

  • この点については、試合前日に私の居る場所まで来ていただいてご挨拶。


    白馬のXCSKIの情報を個人で発信し続けている「カナリパパ」さん。
    今回、ようやく白馬でご本人にお会いでき、お話しすることが出来ました。
    白馬の名物人物の一人です。
    カナリパパさんのホームページはこちら。


  • また、夕食前に宿まで来ていただいていろいろお話が出来て良かったです。

  • もう一つは、実はスノーハープのコースを一度も滑ったことが無いので、滑ってみたかったことです。

  • この望みも、お手伝いが終わった後、皆が帰ったコースをスタッフと何周か周る事ができました。


    公務(?)が終われば自由時間。皆が帰ったコースを、関係者とゆっくり散策しました。
    景色は好いし、試合直後でコースコンディションも申し分ありません。
    もう、 最高の気分です。





  • 流石長野オリンピック公認コース。いい加減な練習のままで本気で走ったら、間違いなく心臓が飛び出します。

  • なので、ゆっくりと周りました。




  • 障害者XCSKIの活動は、世界を目指し、事実、入賞者を出すなど手が届いてはいますが、活動の実態は決して恵まれているとはいえません。

  • 組織も選手も実績も走りながら作ってきました。

  • ここまでに成長を遂げたのは、選手のモチベーションの高さ、それを支える荒井監督をはじめとするコーチ陣の前向きな姿勢と選手の目線で選手を理解しようとする熱意、そして、ボランティアスタッフのフットワークの良さの三位一体の相乗効果に尽きると思っています。

  • 客観的には諸々状況は厳しいのですが、皆、「世界のひのき舞台でこの選手を勝たせたい」という一つの目標のもと、自分がなすべきことを黙々淡々とこなし、決して弱音を吐いたり、誰かのせいにしたりするような言葉は吐きません。

  • 見事なくらい、潔いです。

  • それが、MIZUHIがこの協会と長くかかわり続けている最大の理由かもしれません。

  • 仕事はきついけど、楽しい。結果も出る。何より、目の前の茶飯事が顔を知っている選手が世界に届くことにつながっている、ということが何よりのインセンティブだと思います。

  • そして、選手も年齢を問わず、自分が出している結果が自分一人だけで達成できたものではないことをよく判っているので、関係者各々の地位や役割に関係なく、お互いフランクに何でも言い合っているというところが、一番の「肝」なのかもしれないと思っています。






    表彰式。クラス別に。
    スタッフや関係者のお子さんもメダル授与の重要なメンバーに。


    試合終了から表彰式までの間が記念グッズの売り上げのチャンス!
    アッという間に黒山の人だかりでさばきました。
    Konさんのパラレルクラブのメンバーが描いた絵や文字があしらわれたジャージー、トレーナーも、バンバン売りましたよ!
    心配してDJルーム(?)から売れ具合を見に来たKonさんに、最後の1枚のパラレルクラブのトレーナーを持ってもらって、記念撮影。

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